劇作について(第一回)2016年12月 

          和田周(演劇組織「夜の樹」)×古川真央(劇団集合地点)
 初めに
和田 真央の今日までの作品を全部読ませてもらいました。
 嬉しいと思ったのは台詞が非常に生きてるんだよね。生きた台詞が書けるって言うことは、これは生まれつきというか才能の問題だから、まずそれがきっちり出来ている、こっちに届くってことは、とっても素敵な事だと思う。
古川 ありがとうございます。
和田 それともう一つ、これは個人的な問題だけど、君の書こうとしていることが自分の力で答えを出して、解決して、その結果を意味のある(価値のある)作品として人に伝えたいという姿勢とは違って、自分でも言葉にならない何か、自分の内側の暗がりを覗き込んでそこにある何かを作品にしたいという姿勢。こちらを選ぶのは劇作家の中でも本流じゃないかもしれないけど僕や剛君(三浦剛)が認める素敵な作家は皆そっちの側なんだよね。ピンターとかベケットとかジョイスとか。世の中には自分が手に入れた知識や思想を人に伝えて「流通をよくしましょう」という作家と、自分にもわからないことを覗き込もうっていうことに生涯をかける作家がいると思う。
古川 はい。
和田 僕と剛君は、今言ったように、君が僕等と似てると思うので君が「もう結構です」って言うまでは芝居を書くうえでの相談相手になれたらいいなと、このあいだ話した。逆に僕が君たち(真央と剛君)からおいてけぼりを喰わないためにも垣根なしに相談相手になってもらいたい。
古川 わあ! ありがとうございます!
和田 そういう意味で今日は僕たちが喋ったことを剛君に聞いてもらって、その後で今度は彼にも参加してもらって次は三人で喋りたいと思って、録音しているわけです。
古川 はい。
 辛口
和田 俺は普段、自分が役者だと思ってる。これは正直な本音なんだけど、ただ、君に対しては三十年芝居を書いてきた者として、これも本音で、関わらしてもらおうと思います。というわけで、結構キツイことを、ストレートに言わせてもらいます。ここからすこしジビアになります。
古川 はい。
和田 最初に言った「いいな」という思いは変わらないけど、通して読ましてもらって、まだ自立した劇作家の作品としては不満がある。もちろんこういう芝居っていうのは世間で通用するし、沢山あると思うけど、でもそれは「あ、こういうことってあるよね。」「わかる、わかる!」というかたちの感性の確認のし合い、共有し合いで終わってしまう気がする。これだけだと非常に息の短い劇作家になってしまうんじゃないか、取り巻きの仲間が芝居に飽きたり家庭の事情でやめたりして集団そのものもやがて消えてしまうんじゃないか。俺や剛君が仲間として欲しいのは、それよりもうちょっとキッチリと一生芝居書くことを生業(なりわい)・・・生業じゃないな、それで食えるわけじないから・・・つまり、駄目な芝居を書いてしまうまでは最後まで芝居を作り続けてくれるような仲間なんだ。
古川 はい。
和田 それにはもっとこれから色んな新しいことに、挑戦したり、手に入れたり、疑ったり、わりときついラディカルな試行錯誤をくりかえしながら書いてもらわないといけないと思うんだ。その意味で、君があまり好きでないというお勉強というか学問、これまでに人間が身を削って切り開いた知恵を、おもに読書というかたちで取り入れるプロフェッショナルな努力は必要なんだよね。
古川 はい。
和田 ただ、その俺たちの学問っていうのは、学者の勉強と違う。学者の勉強というのはある思想家が組み立てた体系的な思想を頭から尻まで丁寧に分析して、区分けして、噛み砕いて頭に入れて、腑に落ちるように理解しようという手続きをとるんだが、そしてそれが飯の種にもなるわけだ。その予備軍としてのただの記憶力のいいお勉強好きという人もいる。知に対する好奇心というのはそれはそれで素敵な趣味だけど、下手をすると自分向けの愉しみよりは、人様へ向けて学識をひけらかす愉しみのほうへ傾いちゃったりする。
 俺たちの場合、そういう「知」の前に正座して「いただきます」というお行儀にいい学問とははっきり目的が違うわけで、読んでいくら忘れたってかまわない。たまたま或る作家なり思想家の言葉や考えが、その時自分が気になっていることと重なって感じられたら、「あ、いいね、それいただき」ってかたちで、それに共振するというか、ゾクゾクしながらその考えを一緒に体験すればいい。そのプロセスだけが大事なわけで、乱暴に言えば読んだということを全部忘れちゃっていつのまにかその考えが自分の考えになっちまったってかまわない。むしろそのほうがいい。その時自分が気になっていることに一番答えてくれそうな奴を偶然でいいから見つけたら自分なりに納得いくまで追求してみる、追っかけてみる、そういう形でする身勝手でマイペースな作業だけど、それでも時にはコンを詰めて読み込む人並み以上の作業も必要なんだ。うんざりするほど人の書いた本をちゃんと読まなきゃならないことだってある。
古川 やってみます。
 届くか、届かないか
和田 で、まず何から話そうかな。
 例えば君が戯曲を書く時、誰に向けて書こうとする?
古川 ・・・そうですね、いちばん近いところで、このまえ自分の劇団で上演した戯曲を書いた時に、誰のためにこれをやるのかっていうのを自分で考えた時のコンセプトは、やっぱり見に来てくれる、今をちゃんと生きて、明日に向けて何かもがいている人に観てほしいなっていうのを思って。それをコンセプトに書きました。
和田 なるほど。
古川 でも全体として、誰に向けてやっているのかっていうのを思ったら、まだ全然固まってないと思います、自分の中で。
和田 わかった、そういう誰かに向けて書く作業をするわけだけど、俺が聞きたいのは、その書きたいもの、誰かに向けて書いたものが届くか届かないかをどこでどう判断するのか、
ここまで書いたらそれが客に届く、まだ届かないんじゃないか、っていうその判断が劇作家にとっていちばん難しいことだと思ったんで、いま君に聞いたんだ。質問のしかたが言葉足らずだったね。
古川 ・・・。
和田 迷うんだよね。自分の分からないことについて書いて、その「分からない」ということを扱った芝居を自分と一緒にお客にも楽しんでもらおうとする時、そういう芝居がお客に確かに届くのかどうか、作品として成り立つかどうか。新しい芝居に挑むたび、何度書いても途方に暮れてしまう時がある。特にほとんどのお客は劇場に何か確かな、量としてしっかり計れるような意味や価値や感動やテーマを求めて来るからね。そんな中で、おれ達にとってもこのいちばん難しい問題をどうするか、一緒に考えたいと思ったんだけど・・・。
古川 届くのかどうか・・・。
 基準
和田 この「客に届くか、届かないか」の問題は、おれ達、夜中にたった一人で書きながら、たった一人で判断しなきゃいけないわけだ。イチイチ誰かにメールで添付して「これで分ってもらえますか?」って聞くわけにはいかない。どうしてもある種の判断が、「ここまで書いたらなんとかいけるんじゃない?」という基準が必要になる。
古川 そうですね。
和田 僕の考えでは、そういう時、頭の中に伝えたい相手を一人だけこしらえて、そいつを客席に座らせたらいいんじゃないかと思うんだ。たった一人でいい、客席に座らせるんだ。
 で、誰を座らせるか?もう一人の俺を座らせるのが一番いいと思う。そのもう一人の俺は、書き手の俺とはまるで面識のない。俺がどんな芝居を書こうとしているかを全く知らない。ただ限りなく俺に似ているもう一人の俺なんだ。どう似てるかっていうと、俺と同じぐらい芝居を大切にして、芝居を楽しみながら細やかに受け取ろうとしている、つまり俺と同じぐらい芝居を愛している男なんだ。その男を客席に座らせて、いま書いたこの台詞が、この場面が、通じるか通じないかそいつに尋ねてみる。それを「届くか届かないか」の基準にしたい。つまり五十人が座っている客席で四十九人に伝わらなくても実はいいんだよ。たった一人でも、俺と同じぐらい芝居を愛してくれてる奴が一人座っていて、そいつにきっちり届いたらそれで充分なんだ。これは非常に勇気のいる判断だけど、自分なりに納得できる作品を作ろうと思ったら、この基準をゆるめたり妥協したりしちゃ駄目だと思う。すこしばかり水増しして、それほど芝居を大切にしていない人にも「これだったら分かってくれるだろう」っておもねると、それを長く続けていくと、ベテランの劇作家にはなれるけど本当の意味での自分でやり切ったと思えてくたばれるような劇作家にはなれない。それぐらい誘惑が多いんだよ。つまりワッとウケるとそれで客も入るし、人気もでるし、褒められるし。ただそれやってると、どんどんダメになっていく。最後までラディカルに芝居を書き続けるためには、傲慢な言い方に聞こえるかもしれないけど、夜中に一人で書いている俺と、それを客席で見守っているもう一人の俺さえ居ればいい。そのもう一人の俺にさえ伝わらない芝居はもちろん駄目だよ。
だからできたら劇作家っていうのは評判にならない、認められないほうがいいんだよ。その間、自分を甘やかせないで芝居が書けるから。「この野郎!」的な負けじ魂で。(笑)
古川 ふふふ(笑)
 前、その一番最後にやった作品、自分の劇団でやった時に、やっぱり何か「ちょっとわからない」みたいなことを結構・・・。「気持ちは分かるけど、ストーリーとしては分らない」っていう批評が結構多くて。正直な話を言うとこれを書いてからは、全然話とかは考えるけど作品としてはまだ全然書いてなくて、なんにも。結構いま、周さんが言ったみたいな「わかりやすく」っていうのがいま実際自分の中でやっぱりあったなって、思って。
和田 どっちの分かりやすさ?
古川 万人受けの・・・皆にちゃんと分かるような話を書いてみようかなあ、みたいな気持ちで。それは妥協だったのかな・・・と。
和田 ただね、一つ誤解しないで欲しいのは、その客席に一人で座っている俺や真央にしてもさ、ただ芝居が好きだっていうだけの普通の人間だろ。緩めの話や馬鹿話が大好きな笑い上戸だろ?
古川 そうですね(笑)
和田 普段からけっこう些細なことで「すげえ、わかる!」って感動したり、「馬鹿だね!」って笑い転げたりする。
古川 はい。
和田 五十人のうちのたった一人なんていうとすごく小難しいピリピリした、選び抜かれた人間か、出来上がっちゃった劇評家みたいだけど、俺も真央もただの芝居好きなだけの人間なんだ。そんなこといえば夜中に一人で書いている方の俺たちだってただの芝居好きなんだから。人間のことを人間が模倣するだけの芝居の世界に、選び抜かれた、出来あがった人間なってもともと居ちゃいけないんだ。
古川 確かに。そうですね、ただの芝居好きです。
和田 そうは言っても、ドッと感動したり、人一倍泣けたり、勇気をもらえたりする芝居じゃなく、「分からないことを覗きこむ芝居も悪くないよな」って思ってくれるのは五十人のうちの十人かもしれない。更に、「分からないってことにここまでこだわる芝居もすがすがしいね」と言ってくれる客は五十人のうちに三人かもしれない。最終的に、「ひどいね、あんまり掘りすぎて底が抜けちゃったじゃないか。でも最高!」と声もなく叫んで席を立ってくれるのはたった一人かもしれない。いないかもしれない。
古川 (うなずく)
 君と世界との戦いでは
和田 もう一つ。真央にぜひ考えてもらいたいのは、君が自分の感性で、「面白いね」って感じることから書き始める時の、自分の立ち位置の問題なんだ。非常に注意深く、疑いながら考えなきゃならない問題だけど、俺たちって、どんなに鬱陶しいから逃げようと思っても結局は他者との関係、世界との関わりあいの中で日々を生きている。その日々生きている人間の生き方を見つめて、そこから君が芝居を作ろうと思ったら、その書き手としての君の対世界との関係、立ち位置の関係をキッチリ考えないとならない。それをいわゆる政治主義的な、テーマ主義を俺たちは嫌いだからって、自分の感性だけに閉じこもってたら、それはやっぱりいい芝居は作れない。
古川 自分の立ち位置・・・。
和田 カフカの言葉に「君と世界との戦いでは世界の側に加担せよ」っていうのがあるんだよ。俺、この言葉を加藤典洋の本で知った時、「へえ、あの引き籠りの元祖みたいなカフカがこんなこと言ってるんだ」と思ってすごく気になった。でも「君と世界との戦いでは世界に支援せよ」って言われても「はい、そうですか」って実行したらただの偽善になると思った。もちろんこの言葉はカフカ独特の、解決不能な「世界と私」という二項対立を設定してその間に宙づりになった人間の存在の不条理を挑発的に提示しているんだと思うけど、そんなむつかしいカラクリはぬきにして、それでもずっと気になっていた。そのうちに、このカフカ言葉が俺のなかでほとんど無自覚に別の意味にすり替わってしまった。「世界」対「君」との直接対決を考える必要はない。そんなことをしたら「博愛主義」と「エゴイズム」との対決、「偽善」と「剥き出しの本音」との対決になってしまうから。そうではなく、じつは「世界」の内側に二つの陣営があって、その二つの陣営が戦っているとしたら、俺はとりあえず「俺と世界との戦い」は脇に置いといて、その「世界の戦い」の片側の陣営に加担できるんじゃないか? 自己欺瞞なしで。これだったらカフカの罠にはまって宙づりにならずに、けっこう元気に戦える。ずいぶん乱暴な勝手読みだけどね。
古川 ふふふ(笑)
 〈いのちを守る側〉
和田 それじゃその世界の内側で、何をめぐって二つの陣営が分かれて戦っているのか?
 人間の〈いのち〉をめぐってだと思う。
大昔から世界は理不尽な力によって、暴力によって、強い者と弱い者、支配者と奴隷、搾取する者と搾取される者を生みだして来た。しかしもともと人間がこの世に生まれた〈いのち〉を何よりも大切に考えるなら、この世界の仕組みは間違いじゃないか、壊すべきじゃないか、そう考えることから世界は〈いのち〉を守る側と〈いのち〉を踏みにじる側の二つの陣営に分かれた戦いが生まれたんだと思う。他人の〈いのち〉を踏みにじって強者だけがこの世に人間として生き残ろうとする陣営と、彼等が奪おうとする「自由といのち」を守ろうとする陣営の戦い。単純な二分法だけど、そう考えたら「君と世界との戦いでは世界の〈いのち〉を守る側に加担せよ」と、自分のなかで呟けるんじゃないか。
古川 〈いのち〉を守る側・・・! 今すごく嬉しかったのが、私もずっと思っていたことがあって。どんな芝居にも根本を辿れば「生きること」っていうのがあると思っていたんです。どんなことがあっても「生」って、命って大事じゃないですか。どんな芝居にも、〈いのち〉は必要だ、と思っていたのでなんだかすごく嬉しいです。
和田 ありがとう。やっぱり真央と話すのは正解だった。
 例えばこの本棚に俺が大切だなと思って捨てないで置いてある本は、その「いのち」を守る側に加担した作家や思想家の書いた本だけだ。調べものに必要な辞書や資料以外はね。
古川 え!すごい!
和田 世界の内側の戦いを「いのちを守る戦い」なんて、なんか甘ったるい綺麗ごとの言葉でまとめちゃったけど、でもそう考えると、いま現在、世界中に露呈してきている格差社会の問題がこの戦いの延長でみえてくる。
古川 え?
和田 今の、お金がすべての社会、資本の論理が優先する社会のなかで、塾に通ってほんとうなら遊びたくてたまらない一人の子供が親にせっつかれ自分に打ち勝って受験戦争に勝利して大学を主席で卒業して切れ者の官僚になって国の強者が弱者の上に立つ格差社会の骨組み造りに、奉仕する。これは「君」が「君と世界との戦いで」「君の側に加担した」結果じゃないか?
 この問題を掘り下げていくと、レヴィストロースや中沢新一の言ってることに繋がる。彼等が教えてくれる神話の世界に。たとえば、人間と熊がまるであの世とこの世を行き来するみたいに交流し合う、たがいに命をもふくめた大切のものを交換しあいながら共存する神話がアイヌにある。一方ではヤマタノオロチを殺して民を救う英雄伝説がヤマトにある。この二つの神話は人間が自然に対してとるかたちとして正反対なんだ。一方は人間と熊が横並びに同じフィールドで互いが互いを大切に認めながら共存しようとする意思と願いを表している。一方は知恵と力と武器によってオロチを殺し、オロチにたとえた氾濫する河という自然を人間が征服して生き延びてゆく勝ち戦さ話しだ。つまり人間が自然に対してとる二つの態度をこの二つの神話が象徴している。一方は森の中で木の実を採取して煮たり焼いたり発酵させて食べながら森の神を祭って森と共存していく。もう一方は森を焼いて畑を造り、収穫した穀物を倉に貯めて貯めた力を競い合って勝ち残った者が敗者を奴隷にして従えて森を出て、国を造り、その国の王になる。人間の知と労力を人間をかこむ自然に向けて働きかけて共存して生き延びていこうとする横広がりの発想と、自然に挑んで自然に打ち勝ちながら森を出て、その成果を積み上げて貪欲に際限なく豊かになろうとする縦の上昇志向の発想。
 すごく大まかなくくり方だけど、じつは「世界の戦い」の二つに分かれた陣営のそれぞれの核心部分には、この二つの根もとから違う発想が眠っているんじゃないだろうか、つまり僕等が「世界との戦いでは世界の〈いのちを守る〉側に加担せよ」という立場を選ぶなら、この森を出ていく「縦の上昇志向」に対立する森の中で共存する「横に広がる発想」に加担しなくてはならないんだ。
 と、ここまで考えてくると、不思議なことが起こるんだ。世界の戦いのなかの〈いのち〉を踏みにじる側とは、じつは最初のカフカの言葉の「君と世界との戦いでは世界の側に加担せよ」の「君」だということになる。「世界」に戦いを挑んでいる「君」こそが俺たちの敵にみえてくる? だとしたら、『君と世界との戦いでは世界の側に加担せよ」をそのまま受け入れたって偽善にはならないんじゃないか。
古川 なるほど・・・。
 書き手の立ち位置
和田 書き手としての真央の対世界との関係、立ち位置の関係を考えろ、自分で選べと言っておいて、ここまで俺が考える立ち位置を喋っちゃったけど、あらためて当たり前のことだけど、これは君が自分で選ぶ問題だ。人間ここまで一人で生きてきたら、なにを選ぶかなんて生活者として理屈じゃなくもうとっくに選んで生きていると思うけど、それでもそこから先で自分が芝居を書くうえでの立ち位置は、もう一歩踏み込んで考える必要があると思う。それにはこれまでに色んな奴が死に物狂いて戦いながら絞り出した考えや言葉が手助けになる。どうしても最初に言った俺たちなりのお勉強が必要なんだ。
古川 はい。
和田 なぜ自分の生まれつきの善意や優しさだけでは足りない、限界があるか、俺たちなりの学問が必要かってことを、人の悪口になっちゃうけど具体例をあげて言うね。
 この間の真央も同席していた芝居の打ち上げで、芝居みてくれた一人の役者が俺の隣で三月十一日の被災現場へ稽古期間中にもかかわらず単車を借りて駆けつけたっていう話をしてくれて、その席が盛り上がった。その彼が話題をかえて、「俺たち木戸銭を受け取って芝居してるんだからそれに見合うだけの芝居をしなきゃいけない」という話をはじめた。
古川 木戸銭?
和田 木戸銭って入場料ね。(笑)昔は受付のことを木戸って言ったんだ。
古川 ああ~(笑)
和田 客の払った金に見合ったプロの芝居をしろっていうのはうるさ型の客がよく言うせりふだよね。客が言うには客の勝手だから「ああ、そうですか」ですむ話だけど、そのときは強く「そうじゃないよ」と思った。
 つまり、俳優として矢も楯もたまらず被災現場に駆け付ける行為と木戸銭の話は、いまの二つの戦い、「横に広がる発想」と「縦の上昇志向の発想」に当てはめて考えるとはっきり二つに分かれる話なんだ。芝居と芝居に見合った木戸銭の話は、そのまんま資本主義の論理につながる。今は中国の共産主義もめちゃくちゃになって、ソヴィエトの共産主義も滅んで、資本主義経済に全世界が覆われた出口なしの社会に俺たちは暮らしている。そのなかで逃げ場のない格差社会が蔓延している。弱者を踏みつけて成り立つ「縦の上昇志向」の持ち主だけが勝ち誇っている世の中で俺たちは暮らしている。だからこそ、いまだからこそ、俺たちは俺たちの思いの中にしか残っていない「森の中で横に広がる発想」に足場を置いて芝居を作ることが必要なんだ。人前でものを表現する仕事を選んでいる役者が生まれっぱなしの無邪気な善意に酔って「木戸銭」の話をしちゃいけないんだ。
古川 (うなずく)
和田 でもそのためには最初に言った俺たちにとっての「お勉強」がどうしても必要なんだ。
 ポトラッチと〈至高性
和田 資本主義がどういう経済のカラクリで出来上がっているのか、資本家が賃金という名目で労働者の労働価値を剰余価値として搾取しながら私服を肥やし続けているのか。その程度の経済学はマルクスの「資本論」を最後まで読む必要はないけど、知っとかなければならない。そしてその資本主義経済の歴史がたかだかここ一世紀半の間にできあがった経済の仕組みで、それ以前の「譲与」を中心に経済が成り立っていたことも知らなくてはならない。そのためには真央が自分でその関係の本を漁らなくてはいけないけど、今日はその贈与経済の「ポトラッチ」と、それにからんでバタイユの言っている「至高性」のサワリを少し話すね。
古川 はい。
和田 ポトラッチっていうのは、アメリカの西海岸の先住民のあいだ行われていた儀式のような経済活動なんだけど、ある男が、もう一人の男に対して尊敬してもらいたい、社会的に優位な位置に立ちたいと思うと、夜中に自分の財産の半分ぐらいポンとそのライバルの家の前に積み上げる。
古川 えー!
和田 そうすると、置かれた方は目を覚ましたその日の朝から相手を尊敬しなきゃいけない立場に追い込まれる。相手から財産を贈与されたわけだからいやでも恩義を感じなくてはならない、面目丸つぶれになるわけだ。するとこの男はそのもらった財産の倍返しを別の夜に決行してリベンジする。こういう馬鹿らしいことが、これは極端な例だけど、最終的に村で一番威張りたい男は、誰も受け取り手のない象徴的に最高に価値のある例えば金の板を皆の見てる前で海に捨てる。
古川 げげ。
和田 つまり最高の無駄遣いが村での最高の権威ある行為になって、この「贈与」を中心にした経済活動で社会が成り立っている。資本主義社会の経済活動とまるで反対だろ。シコシコ貯めて貯めた金で人をこき使ってお金持ちになろうって発想とさ。そこまでめちゃくちゃじゃなくてもこの譲与ということがメインに成り立っていた経済社会が資本主義社会の前に確かにあった。もちろん農奴や小作人からの搾取で貴族が作った古い社会だけども。例えば教会の大聖堂なんていうのは金持ちが自腹で建てる。建てることによって最高の尊敬を得るわけだ。だからそこには金銭の流通はないんだ。すべての人間が金儲けに血眼になってその勝ち組が上に乗っかっている社会じゃないんだ。そしてこの譲与経済の残滓は現代の俺たちの社会にも残っている。盆暮の付け届けとか、お世話になったお礼返しとか、快気祝いとか、「こないだオゴッテもらったから、今日は僕が」なんていうかたちで。結局は損得勘定でいうとトントンかもしれないけど、さしあたって金銭の直接の流通はない。むしろ散財することで相手に「心」を届ける。つまり商品のなかに心を込められるわけだよね。その「心」が「物」に付きまとうか付きまとわないかってことから経済の問題を考えた本が、今日、君に持ってって読んでもらいたいこの中沢新一のカイエソバージュ・シリーズの第三巻「愛と経済のロゴス」っていう本だ。ついでにさっきの神話の話から始まる一巻と二巻も持って行ってほしい。
古川 ありがとうございます。
和田 で、次にもう一人、バタイユという思想家が資本主義経済を今度は「至高性」という言葉を使って批判している話を聞いてもらいたい。
 至る、高い、性、と書いて「至高性」、最高に尊いものに至る物、あるいは者。つまり最高に尊いもの、聖なる価値、それが「至高性」なんだ。バタイユはこの「至高性」こそが人間が人間として生きてくうえでいちばん大切な価値だと言う。で、その「至高性」の実際のかたちは、言ってみれば、贅沢なんだよ、無駄遣い。さっきのポトラッチに通じるんだ。その反対が奴隷根性。だから本来は至高性っていうのは貴族のものだ。「偉い! 高い! 崇高!」だからね。そういう古い時代、貴族社会に生まれた言葉をバタイユは現代社会のなかでみごとに逆転させて現代の経済の仕組みの醜さを暴き出す。資本家の生き様とは敬虔なプロテスタント精神からつましく生まれた今日の稼ぎを明日のために蓄えてその爪に火を灯して貯めた金を元手に堅実に財を増やしていこうという「奴隷根性」そのものじゃないか、そう言ってバタイユは資本家どもを嘲笑する。一方、その日暮らしの貧乏人が過酷な仕事おわりになけなしの金をはたいて飲む一杯のビールの、その喉越しの味わいこそ「至高性」じゃないか。彼が朝、貧乏長屋の窓を開けると街並みが金色に輝いている。その金色の陽の光に感動して「わー」と声を挙げる。それこそが「至高性」の瞬間じゃないかと。
古川 ・・・。
和田 かっこいいだろ。ところがそのバタイユが夜中にシコシコとそういう文章を書きながら、ふと気がつくんだ。「俺はいま、なんとか誰かに理解してもらおうと人様向きの言葉を選びながら明日のために努力しているのではないか? これこそ奴隷根性ではないか?」そう気付いたバタイユは自らを恥じて、それならばと明日のため、人様のためではない、いまこの瞬間に最高に響く言葉だけを選んで自分の言葉を使い尽くそうとする。バタイユって滑稽なくらい誠実な真っ直ぐな男だろ。だから彼の文章はメチャクチャ難解なんだ。でもこのエピソードを知ると。彼の文章の難解さが許せる。「いいよ、俺もあんたに付き合うよ」って言って、本気でのめり込める。
古川 (笑)
和田 そういう素敵な男なんだけど、つまりこんなこと言い出したの彼が初めてなんだよね。贅沢こそが貧乏人の本懐だなんって。でもそれってすごく分かるよね。俺たち貧乏人だからこそ分かる本音だよ。「奴等シコシコ金貯めて人を支配しやがって、俺たちは人を支配しない代わりに仲間と贅沢に今日を生きてやるぞ」って思いたくなるよね。もっともこれだけじゃただのデカダンであまりほめられた話じゃない。
古川 そうですね。
和田 とにかく「とことん惚れて惚れて身を滅ぼしてやるぞ!」っていうのも至高性だし、(笑)出口のない現代の資本主義社会の中で「それは違う!」と、赤字を覚悟で芝居を打つのも至高性なんだ。
古川 なるほど・・・! かっこいいですね。
 過ち
和田 だいぶ脱線したけど、そこでさっきの木戸銭の話しに戻ると、「木戸銭」に見合う「芝居」っていうのは現代の経済の論理、人に贈る「物」から「こころ」を抜きとった損得勘定だけで出来上がった人間と人間の関係だ。彼が災害地に駆けつける行為とは正反対の立場だ。つまり彼は世界の戦いで両方の立場に足を置いて戦っていることになる。
 真央に考えてほしいのは、俺たち、日常生活ではこの程度の矛盾したものの考え方や行為ついやっちゃうことはよくある事だし、それは気がついたら「あ、しまった!」でコッソリ恥じて反省したらそれですむ。しかし、芝居を作る現場では致命的な誤りになる。芝居を書き続けようと思っている真央がこの間違いを犯したら、それで終わりなんだよ。
古川 ・・・は、はい。
和田 太宰治の「津軽」にでてくるおばさんみたいな素晴らしい人は日常生活のただ中で、生れながらの決して誤らない選択をして生きていくことが出来る。でも俺たちは残念ながら迷い迷いの日々の暮らしの中からを爪先立って絵空事をでっち上げる仕事をしている。観念的な思考のうえに積み上げて創る表現行為というのは、その観念の土俵で決定的な誤りを犯すことがあるんだ。そこで、おおもとのところで、判断を誤らないようにするには、どうしても、人間の心について、言語について、歴史について、世の中の仕組みについて、有るものを壊して作り直すものの考え方について、〈いのち〉の姿を正確に切り取って描く手際について、世界のこちら側で戦った思想家や作家の書き残した作品を手当たりしだい読んで、吸収しなくてはならないんだ。大切な作家達はゴマンといる。真央は真央で行き当たりばったりでいいからその時々に自分で見つけた自分に合った作家から、はじめに言ったとおり学者読みでなく自分勝手の贅沢読みで、自分に必要なものだけを吸収してくれたらいい。誰のためでもなく、書くうえでの自分の立ち位置を模索しながら確かめたらいい。
古川 頑張ります。
 暗がりを覗き込む芝居
古川 はじめに周さんの言った「暗がりを覗き込む」芝居について。
和田 あ、そうだった、今日の話はそこから入ったんだったね。
 俺が勝手に真央もそうだって言ったけど、真央自身は自分の芝居のことをどう思ってる?
古川 そうですね・・・。はじめは自分自身、生きてることの不思議さというか、たまに感じる切ないような何だか孤独感に近い、命に対する愛情みたいなものを発信・・・というか描きたくて。それがもっとお客さんと共有して、自分自身もお客さんも自分の命を、生きているということを芝居を通して見て考えるというか、それがまた原動力になって、また明日も、フィールドは違うけど、目に見えない何かを大切にして一緒に生きていけるような芝居にできたらと思っています。ただそれがやっぱり自分の感性だけにならないように、周さんもおっしゃってたように、そのためにはやっぱりまだまだ勉強がたりないなと。本当に。
和田 ありがとう。次回には剛君にも喋ってもらわないとね。
古川 ええ。
和田 俺自身のことを言うと、俺が第一作の「キャベツ畑の中の遠いわたしの声」を書くキッカケになった三十五年前の話だけど、テレビ局の稽古場である「民藝」のベテラン俳優に言われたんだ、「和田君、こんどのウチの芝居の「レーニン」(またまたレーニンだけど実話だから仕方がない 笑)をぜひご覧なさい。滝沢修が登場する時の歩き方から息遣いまでが、すでにレーニンそのものなんだ。」
 それを聞いた時、無性に腹が立った。「歩き方から息遣いまでレーニンそのもの」ってどんなレーニンか知らないが、冗談じゃねえやと思った。そして家に帰ってから一人で夢想したんだ。もし俺が滝沢修の向こうを張ってレーニンに扮したらどうしてやろうかと。
 登場する。その瞬間から俺のレーニンはどこか変なんだ、そのものどころか少しもらしくない。観客がレーニンってこんなはずじゃなかったと思いながら見守るうちに、その違和感はますます肥大して、しかも二つに分かれる、「いったいレーニンって何者なんだ?」と「この役者は何者なんだ?」に。そしてその二つが重なった登場人物の輪郭までがしだいに怪しくなり、不確かになり、薄暗くなり、登場人物が舞台中央に到達したときにはついに彼のかたちは「筒型の闇」にまで変容をとげている。観客は驚き呆れながらただその「筒型の闇」を覗き込む。気がつくと覗き込んでいるのは観客だけではない、レーニンに扮しているはずの俺までもが観客と一緒にその暗がりを覗き込んでいるではないか! 
 あと知恵もふくめてすこしカッコよくまとめたけど、瀬畑と二人で「夜の樹」を立ち上げたきっかけになった思いは、そういうことだったんだ。
古川 なるほど・・・。観客と一緒に、『暗闇を覗き込む芝居』ってことなんですね。
和田 ブレヒトが「クライマックスで飛び切りの感動を味わう芝居ではなく、認識することを楽しむ芝居があるんだ」って言ったけど、暗がりを覗き込むことを楽しむ芝居があってもいいんじゃないかと思う。
 ラディカルということについて
和田 最後にもうひとつだけ。
 プリントした白井聡の「未完のレーニン」からの引用を読んでみます。
 『第一次世界大戦中、レーニンはチューリッヒに亡命生活を送っていたが、市内のとあるカフェで、亡命家(レーニン)に議論を吹っかけてきたルーマニア出身の若い詩人に向かって、彼は次のような言葉を発したという。「君がどれほどラディカルであるか、また私がどれほどラディカルであるのか、私にはわからない。きっと私は十分にラディカルではないだろう。人が十分にラディカルであることなど決してあり得ない。それはつまり、人は現実そのものと同じだけラディカルであろうとつねにつとめなければならない、ということだ。」、と。
 レーニンの考えでは、本質的にラディカル(根源的・急進的)であるのは、人間の人物や行動ではなかった。それは革命家の脳髄の中に所有する思考でもなかった。本質的にラディカルであるのは現実、「リアルなもの」そのものだけであった。この言葉を吐いてからほどなくして、レーニンはロシアに戻り社会主義革命を決行することとなる。それは、すでに現実的(リアル)なものとなった革命をより急進化することであった。つまり、彼の企てたこととは、そもそももっともラディカルなものである現実に働きかけて、それをより一層ラディカルなものとするということに他ならなかった。革命と呼ばれる社会現象は、社会内に潜在している諸矛盾が爆発的に露呈する、つまりリアルなものを押しとどめていた殻が破れて社会の本当の中身が溢れ出てくる現象である。してみれば、彼の企てたこと、革命を急進化するということは、リアルのものをより一層リアルなものとするということに他ならなかった。』
 ここでレーニンが言ってることは、すごくアクロバティックな思考方法だと思う。ふだん俺たちはラディカルという言葉を、何事かにかかわる自分の姿勢について使うよね、「どうだ今回の俺の作品はけっこうラディカルだろ」なんて自慢するときなんかに。ところがレーニンは「ラディカルなのはお前じゃない、お前の目の前の現実だけがラディカルなんだ」と言う。これはすごく大切な深い思想だと思う。そしてこういう素敵な深い物の考え方というのは、かならず芝居作りに応用がきくんだ。
このあいだ俺が芝居には「笑い」が大切だって話をしたよね。風に飛ばされた帽子を紳士が追いかけるの見て笑うのは、彼の気取った普段の振る舞いの化けの皮がその瞬間に剥がされるからだ。俺たちがやらなきゃいけないのは日常生活をおおっている薄皮を剥いでその下に眠っている本当の姿を剥き出しにすることだって。これを俺に教えてくれたのはベルグソンだけど。
つまりレーニンが現実というリアルの中にこそラディカルなものが眠っていると言うのはまさにそのことなんだ。俺たちの才能が優れていて、感性が素晴らしく、鋭いからいい作品が生まれるんじゃない。自惚れちゃいけない。普通の日常生活者の中にこそ本来のゾクゾクするような素敵なもの、怖いもの、ラディカルなものが眠っているんだ。そのリアルな日常を覆っている薄い皮をどれだけ注意深く静かに剥がすことができるか、俺たちに出来ることはそれだけなんだ。
先日、真央に読んでくれって言った短編、アンダーソンの「卵の勝利」だってジョイスの「死せる人々」だって、やってることはそれだけなんだ。ジョイスやアンダーソンの感性が素敵だから感動するんじゃなく、彼等が正確に注意深く取り出した普通に生きている人々の日常の営みの中にこそ感動の種子が眠っていたんだ。
古川 なるほど。
和田 あちこち脱線したけど、すぐれた思想家の考えや考え方というのはこんな風に、思いがけないかたちで俺たちの仕事のヒントというか道先案内になるんだ。
古川 これはえっと・・・カフカが言ってた世界に(加担せよ)っていうのはレーニンの言ってることにつながるっていうことですか?
和田 レーニンの事は自分で調べてほしいけど、二月革命のあとドイツからロシアに乗り込んで武装蜂起を主導して十月革命を成功させたのだから、珍しく「君と世界の側の世界の戦い」で弱者の側が勝った瞬間だよね。その後、その勝者の中からスターリンという圧制者が生まれ、非人間的な官僚機構が生まれてソビエトは滅んだけど。
古川 社会とか政治とか私たちが外に目を向けて、世界と関わることじゃないですか。でもその日常に目を向けるのも世界に支援してるってことになりますか?
和田 もちろん。世界の戦いのこちら側、日常を生きている当たり前の人間が人間らしく生きるための戦い、バタイユの言う贅沢に生きる、素敵に生きる僕らの側に「至高性」を奪い返すための戦いだからね。
古川 日常に目を向けるのは個人の自分の戦いじゃないんですね。
和田 違う。いまのレーニンの言葉を借りれば、僕らが当たり前だと思っている普段の生活の中にこそ、本当の意味での人間らしい生き方が目に見えない暴力によって押さえつけられている、〈いのち〉をめぐってのラディカルな戦いが隠されている。君のしらない第二次世界大戦のさなかに日本の軍事政権が国民の戦争参加の心構えが「近頃どうもたるんでいる」と考えて、「贅沢は敵だ!」というスローガンを告知板に張り出した。翌朝そのスローガンに「素」の文字が書き加えられて「贅沢は素敵だ!」になっていた。これだって立派な世界での〈いのち〉をめぐる戦いじゃないか。
古川 自分の劇作して、それを公演するってなった時にこの言葉を借りると・・・。
和田 つまり、真央が芝居なんてヤクザなことやってたらどうしようもない、桐朋大学卒業の学歴を利用して英語力も磨きなおして一流会社に勤めてお金持ちになりましょう、って世間を相手にしたら、それは君自身の戦いだよね。でもなぜか芝居作りにのめり込んで、当たり前に生きている男と女の日常生活者の営みの中から、人と人との〈いのち〉にちょくせつ触れる贅沢な葛藤をさぐり出そうと夢中になるのは、地味だけど世界の側の戦いだと思う。
古川 なんかすごい揚げ足取りとかじゃなくて単純に、本当の純粋な疑問なんですけど、さっき客席には一人だけ分ってくれればいいって話があったじゃないですか。でも観に来てくれてるのは沢山のお客さんじゃないですか。この人にだけっていうのは自分の戦いじゃないってことですか?
和田 うん、ない。つまり世界の中で俺たちがきっちり戦うためにはそこまで厳しくしなきゃズブズブのぬるい戦いになっちゃうよ、そうなったら最期、評判のいい芝居、ドット受ける芝居、口当たりのいい芝居、入りのいい芝居とずるずる相手の土俵の上に引きずり込まれて結局は力で時代を操っている相手に負けちゃうよ。そう言いたかったんだ。
真央 この人にだけっていうのはシビアに戦えるように、厳しい目ってことだったんですね。
 分かってくれ!
和田 理想的には五十人に分かってほしいんだよ、本当は(笑)だから俺はいつも自分で慰めてるのは、分からないって言ってるけれどもその人の無意識には届いたはずだって思うことにしている。俺だって五十人全員に関わりたいんだよ。五十人に関わりたいからこそ五十人の無意識には絶対届いてるはずだって。ただじかには十人にしか届けられなかったりするわけだ。ただ、たった一人の俺にさえ分かんない作品は絶対書いちゃいけない。それもただ分ってくれればいいって問題じゃない。共振してくれる、心を震わしてくれる、背筋をゾクゾクさせてくれる芝居を届けたいよ。
古川 はい。
和田 今のは揚げ足取りじゃなくてすごく大事なことだと思う。俺もそこでは逆説的な言い方をしてるけども、でも一貫してやっぱり「君と世界との戦いでは世界の側を支援」する行為の延長で今言ったみたいに芝居を大事にしなきゃいけないってことだよね。
古川 (うなずく)
和田 わー、ずいぶん喋っちゃった。
古川 すっごい楽しかったです! 今は頭の中いっぱいだけど、これからどんどん消化していくのも勉強していくのも楽しみです。本当にありがとうございます。
和田 つまり剛君も俺もどこで気が合うかって言うと、世界の戦いのこちら側で同士を募って芝居作りたいと思ってるわけだ。それには君みたいな若い書き手が加わってくれたら心強い。もちろん年齢の差があるから、その内に俺の言うことは「もうウンザリ」って時がくると思うけども、少なくともここしばらくは現役として一緒にやっていたいと思うから、君にも答えてもらいたい。
古川 はい。頑張ります。
和田 それからもう一つは、俺と剛君で芝居の作り方がのずいぶん違うと思うけど、君自身がいい集団を作っていい芝居作ってくためのノウハウみたいなものが僕の現場にもまだあると思うんで、「夜の樹」じゃあ演出助手はいらないから、名目は演出協力でもなんでもいいから、時間のあるときは稽古に立ち会って欲しい。立ち会うというより、稽古場で俺もふくめて夜の樹の役者たちがどんな試行錯誤をしているか一緒に体験してほしい。
古川 わあ!ぜひ!嬉しいです、お願いします。
和田 それから俺がこれから書く芝居も途中で読んでもらって意見聞きたいし。それはお互いさまで。その意味で最初に言ったとおり君の前では劇作家として関わらせてください。
古川 はい。
和田 と言うことで、俺はもうぜんぶ喋っちゃった。(笑)と言っても、芝居を作るうえでの大切な部分の、今日は、半分しか喋っていない。あとの半分に女と男の問題が残っている、俺がいちばん大切にしている。しかしそっちの方は、真央の側から見たら相談相手として俺はもうとっくに旬(しゅん)を過ぎている。剛君に聞くか、自分で勝手に実生活で模索してくれ。
古川 じゃあ今度は「男と女の問題」について三人でお話ししましょう!
和田 じゃあ、切ろうか。
古川 はい。
 
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豹の皮(公開質問状)2013年4月 

2月24日、『「イラク攻撃と有事法制に反対する演劇人の会」への呼びかけ』という赤紙が届いた。冗談でなく(むろん冗談だが)赤紙なのだ。つまり、B5の赤色のチラシの中央に、写真版の「臨時召集令状」が丸ごと一枚、レイアウトされている。
 
 文面は「右臨時召集ヲ例セラル依ッテ左記日時到着地ニ参著シ此ノ令状ヲ以ッテ常該召集事務所ニ届出ヅベシ」「開始日時/平成15年2月28日(金)正午」「到着地/新宿 紀伊国屋ホール」「召集部隊/イラク攻撃と有事法制に反対する演劇人の会」
発送元は「世の中と演劇するオフィスプロジェクトM」である。
 こうやって書面を書き写しながら、ムシズがはしる。なんて無神経な悪ふざけなんだ。
 赤紙の周囲の地を埋めた「呼びかけ文」と、ゴシック箇条書きの宣言文は次のとおり。
『現在、世界情勢はアメリカの「イラク攻撃」をにらみ、緊張を増しています。ブッシュ米大統領は、国連安保理決議を待たず、単独攻撃も辞さない覚悟であることを表明し、また、日本政府は、パウエル米国務長官が行ったイラクによる国連査察の妨害や兵器隠蔽に関する証拠開示に関連して、アメリカ支持の立場を打ち出しました。 フランス・ドイツをはじめ、多くの国々、多くの人々がこの攻撃に強い反対の意志を表明しているにもかかわらず、米政府は着々と「イラク攻撃」の準備を進め、すでに攻撃開始は秒読み段階に入ったとさえいわれています。 この危機にあたり、平和を願う演劇人として、有志を募り、「イラク攻撃」に反対する行動を起こし、演劇人の立場から広く社会に呼びかけようという声が上がりました。同時に、基本的人権を考慮しない、防衛出動を優先させる戦争協力法案である「有事法制」についても、強く反対の立場を表明します。
◎ 対話によって成立する演劇は、武力攻撃による外交手段に反対します。
◎ 人間を中心に据えた演劇は、人権を軽視する法案に反対します。
◎ 演劇は、戦争に反対します。
公演あり歌ありリーディングありの演劇人らしいイベントを計画しています。』 〔裏面には124人ほどの「演劇人」が「呼びかけ人」(03/2/18 16時57分現在)として(アイウエオで連記)されている。〕
 さて、◎印の宣言文についてである。
 「反対」の主体に「演劇」を据えたのが、呼びかけ人の工夫なのだろう。三行の異議申し立ては、わずかに特権的な位置からあらかじめ宣言されている。つまり、『わたし達は、常日ごろ「対話によって成立する演劇」、「人間を中心に据えた演劇」をとり扱う職業的技能占有集団としての演劇人である。ゆえに、日常生活者(観客)に先駆けて、「武力による外交手段」、「人権を軽視する法案」、総じて「戦争」一般に、「反対し」、「広く社会に呼びかけ」ます。』と、舞台の高みから声を揚げているのだ。
 考えてみてもらいたい。演劇にかかわりのない生活者の日常が、「対話によって成立」していないと、本気で思っているのか? 世の中の人間が、演劇人よりも、日々「人間を中心に据え」ずに、うっかり迂闊に生きていると、まともに信じているのか?
 むしろ演劇こそは、日々の生活者の場から立ちあがる人間と人間の営み・対話の、模倣と再現から出発し、さらにその先の暗がりを覗き込もうとする、閉鎖系のせつなくもおぼつかない仮の行為だと、ぼくは思うのだが、異論があるか?
 あなた方の今回の行動は、矢印の向きが逆だと思う。日常の生活者(観客)こそ、生ある日々を直接に生きている生の実践者のはずではないのか? だとしたら、たとえばぼく等(俳優)が、人の世からおいてけぼりを喰らうのが淋しくて「戦争に反対」の掛け声のひとつも人並みに挙げたいのなら、「こんな稼業に現(うつつ)をぬかしてはいても、わたしも人の子です。皆さんの後塵を拝させてはいただけませんか?」くらいのしおらしい台詞のひとつも吐くことから始めるのが筋ではないか。
 既成組織のお先棒かつぎ、かれ等のお題目とデマゴーグに引きずり回された、あの「かつてないたかまり」運動の行く末がどのようなものだったかを、ぼく等は演劇人として、60年、さらには70年代に、つくづく身にしみたはずではなかったのか。
 あの時代にくらべて、今日の世界にただ一つ希望があるとしたら、人々がそのような「出来上がった組織活動」「制度化された大衆運動」につくづく愛想を尽かし、無党派層・無関心派と呼ばれながら、やっとのことで霧の中から姿を現しはじめた世界の不条理に向かって、「それは嘘だ」と毒づける自前の言葉を手にしはじめているという、予感である。もし演劇人がほんとうに人間のことがらを中心に据えて、見据え、模倣し、かぶくことを生業(なりわい)にしていると言うのなら、せめてそれぐらいの予兆を感受する皮膚感覚を磨いたらどうか。「臨時召集令状」などと、無残な洒落はやめてもらいたい。
 日常生活者と芝居屋の関係を、僕はこう考える。
 たしかに演劇もまた、日常生活者の社会的な活動の場合と同じように、対象として「対話」を、「人間」を、中心に据えて取りあつかう。ただし、逸脱してである。
 舞台上に晒された「対話」と「人間」は、日常生活者の交わす「対話」とそこに立ち現われた「人間」の営みを一歩(おそらく、かすかに呪われた方角へ)、危なく踏み込み、踏み外すことで、かろうじて劇表現としての価値を手に入れるのだ。もともと遊芸者は、生活者の集落から河原に追放され、追放されたその位置から、非在の賽の川原を幻視し、その悪夢を祭りの場に持ち帰り、憑依の舞に仕立て上げ踊るのではないか? ぼく等は、いわば集落の生活空間の外縁近くにまで遠ざけられ、そこに棲みついた、豹の皮を被ったシャーマンの末裔ではなかったのか? そのシャーマンが、かりに「わたしも人の子だから」と呟きながら、日常の政(マツリゴト、祭りではない)に参加したいと願ったら、その時は、豹の皮を脱いで、おどろおどろの化粧を落とし、しおらしく広場の群れにまぎれ込むのが筋ではないのか。
 むろん現代は、中世でも原始時代でもない。しかし演劇が、たとえ市民社会の中に埋没し、去勢され、呪術としての力と毒をみるかげもなく失くしてしまったとしても、ぼく等の血の最後の一滴にその毒が記憶として残っている限り、シャーマンの末裔としての最低限の流儀と礼節は、守るべきではないか。
 誤解しないでほしい。僕は演劇に、日常から完全に絶縁し、隔絶したうえで特権的な境地を切り開けなどと言っているのではない。まぎれもなく演劇の「対話」と「人間」は、日常生活の「対話」と「人間」にかかわっている。ただ、いったんは逸脱したもの、危ういもの、毒のあるものとしてである。つまりその毒は、日常の場に手柄としてじかに持ち込まれるのではなく、その毒ゆえにいったんは市民権を奪われ、隠蔽された後に、日常の裏側、影の部分にまわり込み、日常生活者の夢と無意識の領域に忍び込むことができた時、はじめて一つの表現として娑婆の陽の目をみることになるのだ。
 ぼく等は二重に生きている。劇場で逸脱の夢を仕掛ける私(俳優)と、その夢の記憶をたぐって目覚めた日々を生きる私(日常生活者)と。そして、その日常生活者の私が、いま、やっとのことで自前の言葉を手にいれ、世界に向かおうとしているのだ。(いや、ここでも次なる逸脱が待ちかまえている。手にいれたと思った自前の言葉は、世界をまえにして、再び手からこぼれ落ち、その狼狽と歯軋りが、再度ぼく等を逸脱へと誘い込み、またしても豹の皮をまとわせるのだ)
 最後の逸脱ですこしフットワークが乱れたが、いずれにせよ(二重であれ無限循環であれ)、ぼく等に、「臨時召集令状」の悪ふざけに付き合う筋合は、ないのだ。それがシャーマンの末裔としてのぼく等の倫理ではないか。
 だいぶ直情にかられて、暴言を吐いたが、呼びかけ人の「世の中と演劇するオフィスプロジェクトM」の方からのご返事は、ぼくの方からは別に望まない。世の中に色々なスタイルの演劇があって当然だ。お好きなように今後も「世の中と演劇」なさったらいいと思う。ただ、ビラの裏面には、僕の師と仰ぐ劇作家達、尊敬する先輩、かつての大切な仲間が数十人、呼びかけ人として名を連ねていらっしゃる。故に、この文を公開質問状として、呼びかけ人の責任において、何方かにお答え願いたいのだ。「お前、なにトチ狂ってるんだ。芝居の世界がまだわからないのか!」とお叱りをうけ、蒙をひらいていただけたら幸せである。
 
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なぜやるのか?

かたいテーマ
和田 今日は久々にかたいテーマになっちゃうけど、俺達が「なぜ芝居をするか?」「演じるか?」って事をみんなで話したいと思います。それには理由があって、3年前にちょっと珍しい体験をして、その時、「なぜ演じるのか?」、「なぜ書くのか?」「なぜ夜の樹でみんなで芝居を創ってるのか?」ってことを、俺一人で、けっこう考えた。そういう機会があった。 とりあえず話の枕に、そのことを喋りましょう。
負けた!
和田 3年前、「やぶにらみのアリス」の公演を終えて、みんなで徹夜の打ち上げをした翌日、新転位21の「齧(かじ)る女」という芝居を観たんですよ。なぜ打ち上げの翌日の睡眠不足に観にいったかというと、俺達が「やぶにらみのアリス」の下敷きにした「東電OL事件」を「齧る女」も下敷きにしていた。東京の小屋で、一日違いの楽日で、同じ「東電OL事件」を下敷きにした芝居を2劇団が創っていたわけだ。で、観て、「あっ負けた!」って思った。「新転位21の方がいい芝居だよ」って思っちゃった。芝居観て、それが良いか悪いかっていうのは、それははもう、否応ナシにその場でわかっちゃうから、その時はつくづく昨日まで俺達が演った「やぶにらみのアリス」よりも「齧る女」の方がいい作品だって、モロ思わざる得ないような芝居を観てしまった。一緒に創った仲間には申しわけないけど、昨日まで演っていた自分達の芝居と比べてそう思っちゃうってことは、けっこう辛い体験だった。
「イク、イカナイの問題」と「世界の問題」
和田 おれ達が「東電OL事件」をどう作品にしたかっていうと、あの非常に今日的なかたちで「性」の介在した殺人事件に決定的に欠落しているのは、エロティシズムである。つまり冷感症の問題である。そう思って、ヒロインを「アリス」に見立てて、徹底的に「イク、イカナイ」、性行為のオルガスムスにこだわって遍歴するアリスのメルヘン劇を創った。
  「新転位21」はほとんど逆なんだ。世の中がこうあるべきだとか、「生」や「性」が本来こうあるべきだなんてところからは芝居を創っていない。つまり、「東電OL事件」になにが欠落しているか、なんてところから芝居を創っていない。「東電OL事件」という現代の現実の出来事がもつ衝撃性に真正面からむかって、その前で、「芝居って何だ?」って、自分達の方法そのものに問い掛けている。そのあげく、彼等がどうしたかというと、役者達が徹頭徹尾声を潰して、うめく様に、地団太を踏んでもがきながら、声にならない絶叫で、事件を演じる。登場人物を模倣する。それで舞台の上に何が見えてくるかというと、「現実の方が芝居よりも凄い事になっちゃてるよ!」という、「世界を、現在を写しとってかぶくはずの演劇が、現実の現在の世界においてかれちゃったよ」っていう「東電OL事件」の衝撃性が、予言能力をあらかじめ奪われた預言者の悲鳴のようなかすれ声をとおして、舞台の上で報告される。「東電OL事件」っていうのを、モロ目の前で起こった事件として見つめた末にそういうかたちで劇表現にしようとすると、役者の生身の血の通った声、柔らかい、俺達が普段稽古場で課題にしているような、「生きた台詞」を「生きた関係の中」で創っていこうなんていう演劇の手段そのものが、「あまい表現」になっちゃう。「そんなもんじゃないよ!」というところで芝居が成り立っている。つまり、劇の根本的な「方法の問題」が、劇の中で自己否定されている。それを観せられた時に、「これは負けたなぁ」と思ったわけだ。
「なぜ」を問うことで
和田 で、どうしたって「負けた」じゃつまらないんで、それから一週間位その事を、ズッーと、考えてる中で、「いや、そうじゃねぇぞ」みたいなところになんとなく、たどり着いたというか、見つけることができた。そのきっかけに、最初に言った「なぜそれでもおれは芝居書くんだ?」あるいは「なぜ仲間と一緒に創るんだ?」っていう今日の話し合いのテーマにしたい問いかけがあった。そこから考え直した時に、なんとか救われたというか、「まだまだ負けてなんかいられないぞ」ということになった。
 マクラとしては以上です。どう考えをつなげてそう思ったかは、みんなと一緒に話す中で、この話の続きはしたいと思います。ということです。 
姫  演劇をこういうつもりでやっているということですか?
和田 そうだよね。「俺はなぜ芝居をしてんだ?」ってとこで。「ただ好きで」じゃなく。好きなのは絶対好きなわけで、理屈抜きに好きだからやってるわけで、その先で、つまり、さっきのおれの体験で、ただ「好き」だけでだと、「負け」たら辛いんだよな。それを「なにくそ、いや負けてないぞ」って食い下がるには、もしそういうことを一人ひとり考えなきゃならない瞬間があると仮定して、そのとき、「自分はどう踏ん張るかな」ってことを話題にしたい。だから、姫はなぜ高校時代から芝居に関わって、なおかつ、「夜の樹」を見つけてくれて、そこで演ることを選んでくれたか? その根拠というか、理由というか。
姫  困りますね~。
一同 (笑)
姫  困りますね~、一発目に振られてしまうと・・・。大谷さんは、やっぱりもう20年以上夜の樹で活動しているわけじゃないですか。ということは、始めに入った時と、今とでは芝居に対する考え方が違いますか?
大谷 うん、違うね。・・・。姫ありがとう、そういうふうに優しく振ってくれると、答えやすいけど、なんだか司会が姫に移ったみたい。(笑)
 
 勿論20年前の始めの頃に比べたら、全く、180度ちがう。俺の場合、映画が好きだったので、漠然と「映画に関わることがやりたいなぁ~」って10代の頃思っていて、それがたまたま和田さんと知り合うきっかけになって、で、初めて見た芝居が「夜の樹」の芝居で・・・。
一同 (笑)
大谷 笑うところじゃないから(笑)。初めてみてびっくりしたっていうのが感想で、さっぱりわからなくって、姫の10代と比べると俺はホント考え方が幼かったんあだなぁ。若い頃は「何かやりたい」、まぁ目だちたいの延長みたいなところで、自分が抱えている「沸々としたモノ」を何か放出したい、みたいなことで、しばらく関わっていて、そうすると悩みなんかも色々でてきて、「俺ホント芝居好きなのかなぁ~」ってことに悩んだ時期があって、和田さんを見ていると凄い芝居が好きだから「俺、好きの度合いで言ったら凄い低いな」って。
きっかけ
大谷 その中でやっていくうちに俺の中できっかけになった出来事があって、「夜の樹ワークショップ」である芝居をやって、その時に相手役の人と、ん~上手く言葉にできないんだけど、相手役と「時間」が創れたと感じられる体験・・・、今現実に流れている時間とは別の、「生きた時間」をその時感じてしまって、楽しくて、というか「びっくり!」みたいな、そんな時間があることすら知らなかったので、そこを目指していたわけでもなかったので、その「生きた時間」にスコンと入ってしまった時に、「わぁ! これなんかスゲェことだなぁ」って感じて、それが夜の樹に関わらせてもらってから10年くらいたった頃で、俺にとってはもの凄い事件だった。その時期から、芝居について凄く考える様になって、そこから凄く変わって・・・。皆さんも経験あると思うんだけど、よく友達なんかに「芝居なんていい趣味だね~」とかよく言われることがあると思うんだけど、どうしても「趣味」って言葉に引っかかって、勿論「趣味」と言われればそうなんだけれども、なんというか、生きていく上での本業みたいな感覚があって、むろん芝居とは別に喰う為の仕事をしているんだけれども、その生きていく上での本業みたいなあたりで芝居とは関わっていると最近思いますね。だから、以前は「いい趣味だね~」みたいなことを言われるとカチンときて、言われる度に「趣味じゃねぇんだよ!」って心の中でつぶやいていたんだけど、今はもっと芝居が自分に入り混んだのか、全くカチンとこなくなり、言われると「おかげざまで何とか続けていられます、ハハハ」みたいに答えられる様になって・・・。
  一番手の語りとしてはこんなところでどうでしょうか?  なんだか自分史みたいになってしまったけど
自分史
大谷 前田はどう? ちょうど今話した俺が始めた頃と年齢が一緒だと思うんだけど、前田はいつから芝居に関わってるの?
前田 高校演技で芝居やってて、卒業して東京にでてきて初めの年に専門学校で和田さんに教わっていたんですけれど。まあ、でも、ん・・・、
和田 俺たち(和田、瀬畑、大谷、寺田)が半年ほど関わった俳優学校を卒業して、しばらくそれっきりだったんだよな。
前田 そうですね。
和田 それが、2年か3年してから夜の樹の芝居を観に来てくれて、そのときに「一緒にやってみたい」ってアンケートに書いてくれてからの付き合いだよね。
前田 「夜の樹」を観るまで、他の劇団を観に行く機会も二三回しかなかったし、和田さん達が途中でやめちゃった演劇学校での授業も、その後はあまり楽しくなくなっていたんですよ。そう思っているところへ「夜の樹」からダイレクトメールが来て、観に行って、観たら、なんか独特じゃないですか。
大谷 「夜の樹」がね。
前田 はい。で、どんな風にやっているのかなーと思って、アンケートに「ちょっと舞台をやりたくなりました」って書いたら、二日後くらいに和田さんからバイト中に電話がかかってきて、「やってみないか」って言われて、じゃあ、「お願いします」って、それからやって。はじめの年のときは会話のシーンが、和田さんとのカロリーメイトのくだりだったんですけれど(註:テーブルの上の暗闇)。稽古場で寺田さんに「相手がこうきたからそれを受けて、受けたからこうくるだろう」って、「ちゃんとつながりがある、自分が言って、相手が言って、それに対しての対応でまた言うわけだろう」って言われて。でも、わかるんですけれど、できないんですよ、いくらやってもがんばっても。それが悔しくって次の年もやってみよう、ってなって、どんどんそれがつながって・・・つながって、ここにきているんですけれど。
和田 負けじ魂でやっているのか?(笑)
前田 あのー、その次の年はアリスだったかな。「やろう!」って思ったんですけれど、そしたら会話らしい会話がなくて、その年は(笑)。で、今年は漫才があるじゃないですか。漫才というのも、寺田さんが言った「対話」とは違うじゃないですか。苦労してますけれどいろいろ。(笑)
大谷 それで今やっていて、どう? なんで関わっていると思う?
前田 深くは考えていないんですけれど、芝居をしようと思って熊本から出てきたんですけれど、高校演劇から今日まで常に芝居に関わっているんで、「何で芝居をしているの?」って言われたら、ご飯食べるみたいな、日常的なことの続きに「芝居」があるみたいで。
大谷 だからよく稽古中に寝ているんだ、飯食った後の感じで。
一同 (笑)
和田 古口は?
古口 んー、なんで芝居をやってるかというと・・・、自分は最初は芝居はあまり好きな方じゃなかったのに、まあ覗いてみようかなというつもりで首を突っ込んだのが始まりで、それでも好きじゃなかったときは客席で観てても出ようとは思わなかった。向こう側へ絶対に行きたくないと思ってた。そういうのばっかりたまたま観ていたのかもしれないですけれども。「夜の樹」の公演の客席に座ったときに、「俺、行こう」と思ったんです、向こう側に。で、本(台本)をもらって読んだときも「これをやろう」と最初に思ったわけですよ。さっき大谷さんの話を聞いていてちょっと、「ああそうなんだ」って思ったこともあったんですけれど、自分の場合は一番最初が、一番好きなんですよ。初舞台がピークで・・・。別に今好きじゃないわけじゃないですよ!
一同 (笑)
古口 (笑)下がっているわけじゃないです!  でも、一番最初の「夜の樹」に出ると決めて「この芝居をやる」と本を読んで思った瞬間の気持ちっていうのは、言葉で説明するのは難しいんですけれども、もう、とにかくやろうと思ったわけですよね。で、二年目三年目四年目になると「なんでやっているんだろう?」ってのは、毎年毎年自分では考えるんですけれども、でもやっぱり自分で、今年もやるんだったらやる理由を考えたいし当然自分で決めたいなって思って時々考えるんですけれど、ん…、言葉では言えないですけれど、一年目に何でだかわかんないけれどもやろうと思った気持ちを毎年持ち続けたいな、っていうのは自分の常々考えていることで。
 ただ、俺も和田さんが観に行った新転位21の芝居は、同期の俳優が一人いるんで、一回観に行ったことがあるんですけれども・・・、
大谷 それは、さっき言ってた芝居?
古口 さっきの芝居じゃないですね。その何本かあとのやつですね。・・・なんか、すごい嫌ですね、やっぱり、俺は好きじゃなくて・・・これまずい? カット?
一同 (笑)
古口 本を読んで、「これ、俺好きだからやりたい」って思ってやるんだったら、ああは絶対にならないだろうって思った。
大谷 どんな感じだったの? その嫌だなって思った芝居は。
古口 なんか、甘い言葉になるかもしれないけれど、好きでやっているわけじゃないような気がしたんですよ、その本をね。
大谷 ああ、出ている人たちがね。
古口 ええ、芝居もね。「俺たちは好きじゃないけどやるんだ」みたいな、なんかちょっと変な・・・。
大谷 なぜやるんだ!?(笑)
姫  やっぱりその公演も声を張る感じ?
古口 張るなんてもんじゃないですよ、叫んでいるというか怒鳴るというか。
大谷 毎回?
古口 俺は一回しか観たことないんで。
和田 俺は、三本くらい観たけれどみんなそうだったね。非常にストイックな創りだよね。だから声を潰してわめいてやるっていうのは、一貫した方法の問題なんだよ、あそこの。ま、いいや、もうちょっと他の人の話しを聞こう。
大谷 じゃあ、今一番どっぷり首まで芝居に浸かっているだろう姫ちゃんに聞こう。
「夜の樹」体験
姫  そうですね・・・、私は初めて夜の樹を観たのは17歳とかだったんですけれど、あのー、みなさんのように初めてとか、あまりお芝居を観ないで夜の樹を観たとかではなくて何本か観てて・・・。まあ、あの幼いときだったので、そんなに勉強になっていたのかわからないんですけれど、それなりに嫌いなお芝居とか好きなお芝居とかがあったうえで夜の樹を観に来たんですけれど。あのー、最初に観たときは何度もお話しているかと思うんですけれど、あのー、全然わかんなくって。難しいとかじゃなくてわかんなくて生理的に。(笑)
和田 何を観たの?
姫  初めて観たのはえー、えーっと、「つたえてよフランケンシュタインに」で、なんとなくフランケンシュタインがこの人だ、とかそういうことはわかるんですけれど(笑)、ストーリーとか何を言いたいのかということは言葉として入ってこないんですよ、まったく(笑)。言葉としては入ってこないんですけれど、感覚としてはすっごい落ちてきていたと思うんですけれど。
和田 内側に、姫の中に落ちてきたってこと?
姫  中にです。
和田 テンションが落ちてきたのかと思った。
一同 (笑)
姫  論理とかじゃなくてたぶん感覚的にいろいろなものがすごい吸収されて、それをお家に持って帰って。次の公演が一年後じゃないですか、夜の樹は。で、一年経っても忘れられなかったんですよ、そのお芝居を。その体験が初めてで、今までその場は面白いけれどすぐ忘れるってことばかりだったんですけれど、シーンとか雰囲気とかがずーとアタマの・・・、身体の感覚として忘れられなくて。だから翌年のお芝居も観に行かせていただいて、それがえーと、「テーブルの上の暗闇」ですよね。で、それを観てすごく感動したんですよ。・・・やっぱりわからなかったんですけれど(笑)。でも「フランケン」よりちょっとわかりやすかったのは「テーブルの上の暗闇」って一場一場で区切ってあるじゃないですか。それがその場その場でけっこうわかりやすくて、で、ラストのあの担ぐシーンでワーって大谷さんが椅子の上に登るところですっかりやられてしまって、初めて芝居が終わって椅子から立てないという経験をして、アンケートも手が震えて書けなかったんですよ。
玉井 って(アンケートに)書いてあったよね。
姫  そうそう、・・・って書きました(笑)。っていうくらい印象的だったんですよ。すべて、その(アンケートを)書いたこととかも、そのとき一緒に行った友達の靴とかも全部覚えているくらい。
大谷 それ、芝居と関係ないよ(笑)
姫  いや、劇場が包むんじゃないんですか?
大谷 ビンビンになったってわけね、なんでももう入ってきちゃうっていう。
姫  そうそう。で、今ずっと私が考えていたのは、なんでそうだったのかって思って。なんで夜の樹のお芝居は・・・、他のお芝居ではこんな感覚になったことはなくて、なんで夜の樹のお芝居はそう感じたのかなって思って。そこをみなさんに、こう・・・教えていただきたいと、そういうわけです。
大谷 因みに、椅子に登ったのは俺じゃないんだけれど・・・。
一同 (笑)
姫  あ、寺田さん、寺田さんが登ったんだ!
大谷 俺、棒を持っていただけなんだよね・・・。
一同 (笑)
姫  (笑)すいません、すいません、寺田さんがこう、ワーってね(笑)
大谷 あのー、姫は夜の樹のメンバーと違って、自分で書くというところで和田さんと似ている部分があるじゃない。さっき話にもちょっと出たけれど、例えば、姫はなぜ書くのかという部分も・・・、「こうこうこうだから書きます」ということはないんだろうけれど。なんで書くのかなーというところを・・・。逆にね、俺なんかは書きたいと思っても書けないわけだからさ、「書きたい」だけじゃ書けないわけじゃない。どうなの? どうなの俺?(笑)俺が自問自答してどうするんだ! まあ、そのへんについてちょろっと語ってくれたら。
姫  やっぱりあのー、ぜんぜんまだ、「排泄物のように作品を作り続けなくてはいけない時期だ」という風に大学の演出の先生とか高校時代の詩人の先生とかに言われるので、多分そうなんだろうと思って。実際にたぶん、わたしたちの年代って「なぜ?」とかって思わなくても書けてしまうというか、そいうことがいっぱいあるような気がして。「これ面白い」って思ったら理由もなく書けちゃうような気がして。 
 でも、その中でちょっとだけ感じているのは、なんで舞台なんだろうっていつも思うわけなんですけれど。書くんだとしたら小説でもいいと思うんですけれど、なんで舞台なんだろうって思ったときに、宇宙というものと一番近いのは舞台なんじゃないかってなんとなく思っていて。人間しかない芸術というか…、舞台だと、人間と人間がその場限りで向き合うわけで、そのことが一瞬の火花のような関係というか、やっと繋がれる関係というか…。小説とかは、何回も読めてその都度新しい発見をできたりすると思うんですけれど、舞台は本当に7回公演だろうが一回一回絶対に違うものだし、お客さんも違うし、生まれるものがまったく違って。それって、人間存在の謎に迫るんじゃないかなと思って。そのカタルシスっていうか、その時に宇宙と繋がれる…、人間を包んでいる宇宙と繋がれるのが唯一舞台なんじゃないかなと、なんとなく本当に言葉にはできないんですけれど、そう思っているところがあって。だから書くし、それに一番直接的に舞台に立てる俳優になりたいのかなと思っているんですけれど。
一同 ・・・。
大谷 えー、当然みなさんにしゃべってもらいますけれど…、えーとじゃあ、玉井さん。そんな俺をにらんでも。(笑)
玉井 えー、芝居? 夜の樹? 芝居について? 芝居は・・・、成り行きでやり始めたんですけれど、・・・今、舞台というものを始めてちょうど・・・、10年くらいですかね。えー、なんで今でもやっているのかっていうのは、楽しいのと悔しいのと、っていうことにつきるかな? て、思ってます。
和田 楽しいのはわかるけど・・・悔しいのってどういうこと?
玉井 もちろん思ったとおりにできないって・・・、
和田 ああ、そういうこと。
玉井 ・・・ことに関して悔しさが残る、毎回公演が終わった後に残った悔しさを、次に年に持ち込むとか別のものに持ち込むとか、自分をコントロールしたりとか・・・
和田 思うように生きられないから悔しくて芝居やるってことじゃないのね。
玉井 いえ、そうじゃないです。それもあるかもしれませんが・・・(笑)。そんな感じですね。
大谷 おそらくみんな悔しいからやるってこともあると思うんだけど・・・。あっ、おればっかりじゃべってる(笑)。なんかここ数年なんですけど終わった後に、まだもっと、まだもっと、っていう気持ちが、例えばあるとするじゃないですか。そうすると、その気持ちを俺は、「なにがまだもっとなんだろう?」って、そこのあたりにも俺がやる、関わる、というのがあるのじゃないかって考えて・・・。以前は「終わったよ~! おいし~ビール!」みたいなのが、最近の何年か変に後を引いて、「いや、あそここうだったんじゃないですかね、和田さん」みたいな話をするじゃないですか。それは、もちろん良くしようとかっていうのもあるんですけど、それとは別に、なんか俺、まだ言葉で言えないんですけど、なんかあるんじゃないかなって思ってたりして・・・。そんなことを・・・いま玉井さんの話を聞きながら考えた。谷村さんは、どう? 今どう思う。
勝ち負けって?
谷村 ええとですね、ちょっと話を戻してもいいですか? 最初の方で和田さんのおっしゃってることを聞いてて、私あの芝居でそういう勝ち負けがあるんだって初めて思ったんですね。私はペーペーですから、好きだから楽しいからだけでやってるんですよ。ちょっと考えたんですけど、今は新入りで何もかも物珍しくて、楽しくてやってるんですけど、自分が経験を重ねていった時にいつかは、その和田さんみたいによその芝居観て勝ったとか負けたとか考えるようになるのかなって思ったんですけど、ちょっとピンとこないんですね。なんかいつまでたってもよその観ても勝ち負けなんかまるっきり意識しないで自分の芝居をただ楽しいから好きだからでやり続けるんじゃないかなって気もするんですけど。いやそれじゃいけないのかなって疑問に思いました。(笑) 
和田 あの俺が勝った負けたってのは、ちょっとオーバーな言い方かもしれないけど、ただ、作品って・・・いろんな作品があるよな。料理だってどこの店のハンバーグは美味いとか美味くないとか、これも作品だよな。作品である以上、例えば、俺にはわからないけど、茶碗みてさ、「このお茶碗は凄い!、国宝もんだ」っていうのと、「だめだ」っていうのがあるよね。作品である以上、やっぱり感動して、どの程度感動するかってので違いがあるじゃん。特に俺達芝居のことばっかり年がら年中考えてると、人の芝居観終わった瞬間、あるいは観てる最中でも、「そこは違うよ」とか「何だだめじゃん」とか、いくらでも口汚く罵ったり、「ごめん負けました」って、また負け勝ちを言っちゃったけども、とにかく、「結構でした。感動しました。つくづくみせてくれてありがとう」ってのもあるし、その違いははっきりあると思う。でそれは良い悪いってのはある意味で一瞬のうちに勝負がついちゃう。また勝負って言ったね(笑)。そういうものだって気がするんだよね。だからその意味で、俺達も正直本音で言うとただ好きだからやってんだけど、とことん好きだからやってんだけど、どっかで好きだけじゃだめだよ、俺はどっちかっていうと自分にも人に言いたくなっちゃうんだけど、好きだけでやってたら観にきた人が迷惑するかもしれないよ。迷惑覚悟でやるってのもこれも立派な姿勢だけどね、ただ自分たちが創った作品が作品としてどれだけ鑑賞に耐えうるっていうか受取ってもらえるかもらえないかは、大切な問題だと思う。さっきの姫が俺達の芝居観て一年残ってくれたってのも、あれも姫が俺達の作品をそういうかたちで受け取ってくれたんだねって、すごくありがたい。その意味で、そう相手に深く手渡ったか手渡らなかったかということははっきりあると思う。一瞬で決まってしまう差異っていうか、「良い悪い」はあるって気がするけどね。さっきの勝ち負けってのを補って言うとそういうことなんだ。
谷村 最初の話みたいによそとの比較でっていうのを私はあんまり・・。あっそういうの意識するもんなんだっていう疑問があったもんで・・・。
和田 たまたまねテーマが同じだったから、東電事件を扱ってたからね。それで、あっちの方が俺達の扱いより作品として優れてる、鋭いよと、勝ち負けで言ったんです。
谷村 はい。
勝ち負けの先
和田 ただ、いま谷村さんが大事なことを言ってくれたんで、じつは俺も、今日の話のきっかけとして、勝ち負けの話をマクラにもってきたわけで、俺自身、芝居の勝ち負けを半分しか信じていない。というより、勝ち負けの先に俺達の本当の仕事はあるんじゃないかって考えたいと思っている。このことは結構面白い問題なんで、ぜひみんなで話したい。それでこうしてみんなを誘ったわけなんだ。まわりくどいけど、そのためには「なぜ演るか?」のテーマから突っ込んで話し込みたいと思ったんです。
谷村 わかりました。
大谷 寺田さん、眠てないで。
寺田 眠てないよ(笑)。「なぜ演るか?」いま現在の事だよね、昔のこと言ってもしょうがないんで。
 和田さんの作品をどういうふうに広げていくかってことが、まず一番かな。で、当然やるかぎりはその作品をもとに、いま日本でやってる芝居の中で一番の芝居をこしらえるしかないわけで、そのために自分が何をしなくちゃいけないかって考えるわけで・・・、つまり、今現在、まだ「夜の樹」で最高の芝居を創れるんじゃないかなと思ってるし、そういう芝居であると毎回本番終わった後思ってますんで、そのために稽古する。それ以外ないです。そのためにみんな集まってきてるんだし、この和田さんの作品は当然(舞台に)のせるかぎりは今の日本の演劇で最高の芝居だよと、誰にも負けないくらい最高の芝居だよ、というモチベーションで芝居創ってる。毎年いつも、まだできる、と。まだいける、と。まだまだ夜の樹はトップでいられるよ、と。もう10年20年、最先端の芝居を夜の樹は創らなきゃいけない。そのために集まってると思います。 
一同 ・・・。
和田 寺田に勇気づけられて、というか凄いハッパをかけられたので思わず早漏気味に、さっきの話の続きを言わせてもらいます。自分でネタを振っといて、オチまで勿体つけてトリで言うのもイヤラシイしね。オチは大谷にまかせます。
大谷 いや、断ります。(笑)
テネシー・ウィリアムズの言葉
和田 俺がさっきの新転位に負けた、と思った後に考えたことは、それじゃ俺、なんのためにみんなと一緒に芝居つくってるのかな? ってことだった。そのとき真っ先に頭に浮かんできたのは、例の、何度も皆の前で引用しているテネシー・ウィリアムズのあの牢屋に幽閉された囚人の話ね。これ注訳つけといてね。
玉井 はい。(註:テネシー・ウィリアムズの「欲望と言う名の電車」の序文に「われわれはひとりのこらず、監禁の宣告をうけて、われわれ自身の皮膚の内側に孤独に幽閉されている。個人の叙情は、生涯を独房に監禁された囚人が他の囚人に向かって呼びかける叫び声である。」という言葉がある。)
和田 やっぱりあれが基本なんだよね、俺の中では。つまり、人間の言葉は、他の人間に関わろうとしてあげる叫び声だよ、ってのが一番大切なことだってあらためて思った。さっき大谷が「芝居始めて10年して好きになった。生きた時間を生きられて、それが転機になった」って言ったけど。姫も「宇宙の中の人間のかたち」という言い方で、それから前田も言ったと思うけど、芝居ってのは人間と人間との関係を、俺達の肉声で、舞台という空間の中で、姫の言葉を借りると、宇宙という空間の中で、生きた人間同士の関わりあいを再現できるんだっていうのが、俺が芝居を好きで、芝居を選んだ理由だと思う。俺がこういう芝居を創りたい、というベースはほぼそのへんにある。
 そこで、だから、ワークショップでもやろうとしてる、稽古場や舞台で生きた言葉がしゃべれて、生きた人間同士の関係がどうしたら再現できるか、ということが一番大切だってことになってくると、例の、新転位の芝居ってのは、それの反対側なんだよね。現実はそんなもんじゃねえよってことを表現するために、生きた言葉をしゃべるなんて甘いよ。ぬるいよ、ってことで、ラジカルに、俺達の稽古場や舞台での表現そのものを放棄している、明け渡してる。世界を、時代を、現実を再現するために、表現そのものを生贄に差しだしている。
メイルホリドは嫌い!
和田 メイルホリドっていうロシア革命時代を生きて殺された演出家がそうなんだけど、俺メイルホリドってのは、すごい好きで、舞台はもちろん観たことないけど、悲劇的な生涯とか、最後の審問委員会での演説とかがすごくカッコよくってファンだったから少し詳しく調べたら、最高の舞台を創るためには、役者の演技なんて、アクロバティックな操り人形か正確な動きをする機械の成果としてしか評価しない。そうやって機能としての俳優を使って、実に表現豊かな、巧みな、美しい、力のある舞台を創る。同時代のスクワ芸術座とか他の劇場の芝居がぶっ飛んじゃうくらい最高の舞台を創り続けた奴らしいんだ。俺の好みの針が逆に振れて、感情的に思い込みが入りすぎているかもしれないけど、それを知った時に「ウワーイヤだ」って思った。「夜の樹」ってのは、俳優が集まってやっているってのが一番の特徴だと思うけど、俺も俳優で、役者として芝居にこだわりながら、しょうがなしにみんなと遊ぶために脚本書いてるようなもんだけど、あくまで夜の樹ってのは役者の集団だと思うんだよ。そこでは役者の肉声、舞台のうえでどれだけ生き生きと居られるかってことを抜きにしては、手放しにしては、芝居やりたくない。どれだけ現実を鋭く描けようとも、役者の演技を手段に使いたくない。犠牲にしたくない。ギリギリそこは譲れないよってのが俺にはある。でも、それじゃ、思いはそれとして、やっぱり表現として「新転位」の芝居に負けるじゃんてことになる。そこでの答えにはならないよってことになる。 
なにくそ!
和田 そこで俺が強引に苦し紛れに考えたのは、例えば、プリンターでカラープリントで、白黒の写真を印刷したりデザインをプリントするときに、その白黒のものを「モノトーン」でプリントするのと「カラー」でプリントするのと、結果は同じだとしても、「カラー」で印刷すると「黒」以外の「赤」と「黄」と「青」も使うんだよな。少しだけどインクが減るんだよ。だから、四色を使って黒から白までを表現するのと、ただの黒のインクを使って表現するのとでは、プロセスの問題だけれども、プロセスだけじゃなくて、再現された色そのものに全部の色が混ざった黒か、黒だけの黒かでは、ある意味で違うと思う。 
 そうすると、あの、例えば、新転位が描いたみたいな、どうしようもない絶望的な時代というのをもしかして俺達がやるとしたら、新転位がモノトーンで表現した舞台を、俺達は四色使って表現したい。俺達の方法、俺達が憧れる舞台上の生きた人間同士の声の関係の中で芝居を創っていく方法は最後まで手放さないで、とことん勝負できるんじゃないかと。それが俺達の舞台を創る根拠だよって。これなら「勝ち負け」の先まで行けるよって気がしたんだよね。
  もちろん、「アリス」をもっともっと戯曲も表現方法も詰めて、最終的には限りなく「新転位」と同じくらい厳しく現実をもう一度再現できるように詰めていくとこができるかもしれない。そうしたくなるかもしれない。しかしその時でも、「新転位」の方法は優れてるからあっちの方法でいきましょう、とはならないで、今言ったみたいに「役者の肉声にこだわりながら生きた演技ってものを最後まで手放さなでやってく」ってのが俺の、俺達が芝居を創る一番の根拠かな、って気がしたってことなんですよ。長くなっちゃった!
一同 ・・・。
和田 (大谷に)つないでください。
大谷 ああ、はいわかりました。まだ、話を聞いていない人もいるので・・・。
 塩出さんは、どう?
塩出 ええと・・・。和田さんのあとは喋りにくい!
大谷 まあね。
塩出 ええと、そうですね。もともと私は、俳優を、というよりも裏で支える作り手の方になりたかったクチなので。で、その作り手になるには、さっきの和田さんのプリンターの話じゃないんですけれど、カラーのものが結果的にグレーになったとしても、その元のカラーのところがあったっていう人間でありたい、みたいなところがあって、じゃあ、いろいろやらなくちゃいけないなってところがあって。でまあ、そもそも映画が好きだったんで、映画と言えば映画の都ハリウッドだろうってことでアメリカに行き、アメリカに行ったら、人種差別の問題やら言葉の問題やらいろいろあって、映画ばっかりどっぷりってわけにもいかず。それじゃ美術のほうから攻めていくかってなって、で、そこからまたいろいろあって特殊造形を手がけ。で、もの造りにあたっては、役者から見る視線でものを造っていくってものがなくっちゃなってのがあって、ちょこっと始めてみてもいいかなってのがあって、始めたのが芝居でした。
 で、それまでどんな芝居を観てても、「まあこんなもんだよな芝居」って感じで、結構「けっ」って思ってるところがあったクチだったんですけど。あるとき某養成所に和田さんがいらして、その最初の題材が別役(実)だったんですよ。別役の芝居をこんこんと語る和田さんを見ていておもしろい人だなぁって思って。それまでそうゆう芝居に触れたこともなかったし、あ、こうゆうものを創ってもいいんだって。なんか、今まで観てきたものや感じてきたものって、大体起承転結があって、ハッピーエンドで大団円みたいなものが多かったので。なんか、なんと言うか、日常だけど異空間というか、そういうものがいいなって惹かれだして、で、その頃からちょうど和田さんから、和田さんの作品の「蠅とり紙」を貸していただいて、それを読んだ時に、すごい衝撃で、「おもしろい!」って思って、特に「桜餅」って作品が私は好きで、これをやってみたいなって。その時初めて、役者として初めて、これやってみたいなって思うものに出会ったなぁ、と思ったんですよね。でも、「けっ」て思ってたわりには、自分でやるのはものすごく大変で、役者としての自分でやっていかなくちゃいけないっていうものが、難しいなぁって思ったりで、私は大体が、悩んで悩んで創っていくほうなんで、でもなんかそのプロセスも結果的には楽しいものであって・・・うーん・・・まとまらない・・・。
大谷 まあ、このことについてはね、みんなもそうだと思うんだけど、言葉にするのは難しいよね。
塩出 そうですねぇ。また、亜子ちゃんが言ってた、「悔しいな」って気持ちも、やっぱりしょっちゅうですし、「楽しいな」もしょっちゅうですし、けっこう前田君が言ってたみたいに、毎日が芝居の中っていうか、昼寝みたいな感覚だっていうのもなんとなく・・・。
前田 そんなにしょっちゅう寝てるかなぁ~。
塩出 だから、私は、「夜の樹」の役者としてじゃなくて、夜の樹にはちょろちょろ顔は出しているような気がしてるんですけれども、役者としては、今回が初めてなので、だから今はわくわくしながらやってます。はい。
田部 で? 何だ、今日は何を話すんだ?
一同 (笑)
田部 って周に聞いたら、周が「何で芝居を、何のためにこの芝居をやるのか、芝居とは何かについてだ」ってい言うから、すぐ逃げようかなーって思っちゃったんだけどね。
一同 (笑)
田部 これ・・・芝居が、何のためって、ま、極端にいうと、あんまり考えたこともないんだよねえ。ただ、全くのこの、生(なま)、生身、ということが、それがまあ得難いことじゃないかと。思想性云々というのも嫌いだし、まあとにかくどういう人間でもその、全くのこの生身で、マイクも何にも使わないで、舞台で、その日その日、何日かやってもいろんな変化もあるだろうしね。とちったりすることもある。それがもう万々歳だと思ってますよ。
  で、さっき周が、「負けた」とか何とか言ってたけど、いやいや、勝負云々じゃなくて、そんなのかまうことはないと、まあ俺はそう思うね。どういうジャンルであれ、どんなことやったっていいと思うんだよ。ただ周の場合、ちょっとわかりにくい部分が・・・
「42、3年か?」 
 俺、42、3年か? 一緒にやってるけど・・・、それはあります。ただ、すごくいい、逆にね、すーっごくいい、ほんのちょっとした場面でも、いいところがあって、お前よく書きやがったなって、思ったりもする・・・。そうだね、まあだから和田との付き合いは、しばらく続くんじゃないかと。くたばらないかぎりね。
和田 弔辞は俺が読むから。 
一同 (笑)
大谷 田部さん、言い返した方がいいですよ、「いやいや俺が」って。
田部 俺の背広で・・・。(註:40年前、和田の父親の葬儀の時、喪主の和田の着る背広が無く、稽古場で田部に借り、田部は稽古場で取り替えた和田の普段着を着て焼香に現れたことを言っている。和田)
和田 (笑)
大谷 長くやってきて、やめようかな、なんて思ったことありました?
田部 うーん・・・、なかったみたいだな。ただ、周からまた声がかかるかなーみたいには思ったこともあったけどね。お、いいの? みたいなもんで。
大谷 和田さんと田部さんは「夜の樹」の前から芝居をやってるわけじゃないですか。その前とかはやめようとかって思ったこととかは?
和田 いや、やめたよな、二人とも。
田部 俺ね、30歳から50歳まで全く芝居やめてたの。
大谷 それ、30歳の時になんでやめたんですか?
和田 いや田部はね、もともと早稲田で劇団に入って、大学生の時からやってたの。それから、新人会で俺と一緒になって、10年間くらいやってるんだよ。で、中断して。二人とも塵トラックの運転手になった。
田部 そうそう。単なる生活。で、もういいやって思って。そしたら周からねえ、ある日「お前、やってみないか」っていうんで、最初のあれ、何だっけ?
和田・大谷・瀬畑 (口々に)「赤いツエッペリン号」
田部 そうそうそう! わからない芝居だった。
和田 わかんなかったの?
田部 ああ? わかんなかった。
一同 (笑)
田部 それでその時にね、「男1」って役がちょっとしか出てこないから「男1だったら、俺、じゃあ、やる」と言ったんだ。で、維田修二と周と私と瀬畑とやったんだけど、稽古の段階で全部の役をみんなでくるくる替わってやることになって、ひどい目にあった。
一同 (笑)
田部 大した話でもないけど、こんなところで。
大谷 じゃあもう時間がせまってきてしまったんですけど、瀬畑さん、一言くらい・・・。
瀬畑 私は、18から芝居始めて、33で和田とある芝居で知り合って、で、芝居に対する考え方がすごく似ている人だって、そういうことがきっかけで二人で「夜の樹」を作って、始めて、まあ大変だったけども楽しく、ずっとやってきたんですけど。みなさんとも巡り会えたし、楽しく本当にいい時間を過ごせたと思ってるんですけど、ちょっとここんところ、セリフが覚えられないとか、これまでだったら、考えらないくらい、台本をもう読んでるうちに、覚えようなんてしなくても入ってきたものが、今、覚えようと努力しても入らないという、つらいところにいて、まあ「夜の樹」でみんなとずっとやっていけるなら、私は役者でなくても関わってやれたらいいかなってぐらいの感じではいるんですけど。うん・・・ただやっぱりね、やると楽しいから、それから必ず発見が、その年その年の発見があるから、もう少しやるのかなって気もするし、そう思いながら毎年やってるつもりです。
締まった?
大谷 まあそれぞれの思いを持ちながら、まあみなさん、芝居に、「夜の樹」に関わって・・・今ここで芝居に関わるっていることになってると思うんですけど、ちょっともう時間がないので、あとは・・・ゲラ校正で締めたいと思います。
一同 (笑)
大谷 いや、ほら、ここで締めろって言われても締まらないし、なんかちょっと和田さんと相談しながら・・・。
和田 いや、このまんまでいいよ。
大谷 あ、いいですか?
和田 おもしろかったじゃん。
大谷 こういう機会はなかなかその、飲んでも話することはないのかなっていうことなので、これを機にエロスからずいぶんちょっと時間がたってしまったんですけれども、またなんかちょっとテーマを決めて、芝居が終わってからでも・・・。
和田 もっと軽いテーマでね。
大谷 今日は本当にどうもありがとうございましたみなさん、お疲れさまでした。
一同 お疲れさまでした!
 
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